先日常連のお客様から稲城にお城があったという話を聞きました!
2026/04/21
先日常連のお客様から稲城にお城があったという話を聞きました!
画像はAIに作ってもらった、稲城側から見た小沢城のイラストで、多摩川を挟んで稲城の丘から望む構図で、城が森の尾根に浮かぶように描かれてるそうです。
せっかくなのでこの小沢城の情報を載せてみます。
小沢城(おざわじょう)
● どこにあった?
川崎市多摩区菅仙谷(すげせんがや)に位置、稲城市との市境の丘陵上に築かれた山城
● 誰の城?
源頼朝の重臣・稲毛三郎重成の子「小沢小太郎」の居城と伝わる
● どんな城?
多摩丘陵の尾根を利用した山城(砦)
空堀、物見台、古井戸などの遺構が現存
● 歴史的な役割
鎌倉時代〜戦国時代にかけて、多摩川南岸の防衛線として重要
北条氏康の初陣(小沢原の戦い)の舞台
などなど、実際には小沢城は“川崎市多摩区”に位置しますが、稲城市との市境の尾根上にあり、実質的に稲城市の歴史とも深く結びついています。
★稲城市内にも「3つの城(砦)」があった!!
稲城市には、天守閣のある大城ではなく、中世の砦・見張り台のような城郭が3つあったことが確認されています。
稲城市にあった城(砦)
1.小沢城(矢野口)
→ 稲城市と川崎市の境界。実質的に稲城市の城として扱われることも多い。
2.長沼城(東長沼)
稲城駅近くの「城址橋」「長沼城跡碑」が名残
長沼氏の館跡とされる
3.大丸城(大丸)
発掘調査で中世の山城跡が確認
多摩川の渡河点を押さえる重要拠点
ここで「稲城」という地名の由来の一つをご紹介します。
・稲の産地であったこと
・小沢城・長沼城・大丸城という“城(砦)”があったこと
現在も小沢城址は散策コースとして整備され、空堀や物見台が残っているようです。
暖かくなってきたのでお散歩しながら稲城の歴史に触れてみたくなりました。

